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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和61年(ネ)144号 判決

控訴人 公立学校共済組合

右代表者理事長 安養寺重夫

右訴訟代理人弁護士 小野孝徳

被控訴人 破産者甲野太郎破産管財人 木梨松嗣

主文

一  原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるので、ここにこれを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実

訴外甲野太郎(以下「甲野」という)は、昭和六〇年六月三日金沢地方裁判所に自己破産の申立をし、同年一〇月三日午前一〇時、同裁判所で破産宣告を受け、被控訴人はその破産管財人に選任された。

甲野は、石川県立乙山高等学校に教諭として勤務していたところ、昭和六〇年六月四日退職し、石川県に対し、右退職による退職手当四二〇万七二三六円の債権を取得した。

一方、控訴人は、組合員であった甲野に対し、昭和六〇年六月四日当時、地方公務員等共済組合法(以下「地共法」という)一一二条による福祉事業の一環として貸付けた次の貸金債権を有していた。

(一)  昭和五七年一〇月二三日の一般貸付金七〇万円の残元金四七万〇五七二円と未収利息二二五八円の合計四七万二八三〇円

(二)  昭和五七年一一月二二日の住宅貸付金六五〇万円の残元金六三一万九五〇九円と未収利息三万〇三三三円の合計六三四万九八四二円

以上(一)(二)の合計六八二万二六七二円

そこで、甲野の給与支給機関たる石川県は、昭和六〇年六月一一日、甲野の退職による退職手当四二〇万七二三六円を支給するに当り、地共法一一五条二項により、右退職手当全額を、甲野に代わって甲野の控訴人に対する前記借入金債務の弁済として控訴人に支払った。

二  控訴人は、右弁済を受けた当時、甲野が破産申立をしていたことを知っていたと当裁判所も認定するところ、その理由については、原判決九枚目表末行から一〇枚目表九行目までに記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

三1  控訴人は、甲野の控訴人に対する借入金債務についての退職手当金による弁済は、甲野の給与支給機関である石川県が、地共法一一五条二項に基づき、破産者である甲野の意思に関係なくした行為であり、破産者自身の行為ではないから、破産法七二条二号の否認の対象に当たらない旨主張する。

ところで、破産法七二条二号は「破産者カ……為シタル行為」と規定しているところ、同条同号の債務消滅に関する破産者の行為とは、破産者の意思に基づく破産者自身の行為のみにかぎらず、債権者が同法七五条の強制執行としてした行為であって、破産者の財産をもって債務を消滅させる効果を生ぜしめる場合を含み、更には、破産者自身の行為でなく、債権者或いは第三者の一方的権利行使による債務消滅行為であっても、破産者が右債権者或いは第三者と通謀するなどして加功し、右債権者または第三者の行為が、破産法上の否認制度の趣旨に照らし、破産者の行為と同視すべきものである場合の債権者或いは第三者の行為をも含むと解するのが相当であるが、右のほか破産者の加功のない純然たる第三者の行為については、たとえ破産者の財産関係に変動を与えるものであっても、同法七二条二号によっては規定上否認できないといわねばならない。もっとも、同条二号の危機否認では、同条一号の故意否認の場合における詐害の意思を要件とするものではないが、危機否認で詐害の意思を要しないからといって、それ故に否認の対象を破産者の加功のない純然たる第三者の行為にまで拡大し得る理由とはなし難い。

2  そこで本件につき、石川県(第三者)のなした弁済につき破産者が加功しているか否かにつき判断する。

地共法一一五条二項は、共済組合がその組合員に対し、福祉事業の一環として金員の貸付けを行ったときに、その返済を確保するため、給与支給機関が当該組合員に対し給付すべき給与、退職手当等から、当該組合員が共済組合に返済すべき金額を控除し、これを当該組合員に代わって共済組合に支払うべきことを定めており、給与支給機関は、同条項に基づき共済組合に一定金額を払い込むことにより、当該組合員の共済組合に対する借入金債務を消滅させるとともに、これによってその払込金額だけ当該組合員に対する給与、退職手当等の支払義務を免れるという、給与支給機関、共済組合、組合員間の特殊な債務決済方法を定めたものと解すべきである。そして、組合員は、共済組合から金員を借り受けるに当たっては、一般には、右のような特殊な債務決済方法、即ち給与支給機関が組合員の毎月の給与もしくは退職手当等から一定金額を控除して、組合員に代わって共済組合に払い込むという方法により借入金を返済することを承諾したうえで、共済組合から金員を借り受けるであろうが、地共法一一五条二項は、個別的な借受契約締結の際、右特殊決済方法につき組合員の承諾を得た場合にのみ適用される規定ではなく、かりに借受けの際、右の承諾をとらなかった場合であっても、同法の効力として、等しく適用される規定と解するのが相当であるから、同条同項による給与支給機関の共済組合に対する払い込みは、当該組合員の意思に基づくものというよりは、むしろ地共法の規定の効力によるものというのが適切である。

のみならず、本件において、組合員である甲野が、右法条の定めによる決済方法につき承諾をしていたとしても、右承諾は、借受時のそれであって、支払停止等危機到来後に急に合意したものではないことが弁論の全趣旨に照らし明らかであって、本件貸付金の借受け時点である昭和五七年における破産者の行為というべく、その頃の破産者の特殊決済方法の承諾は、破産法七二条二号の破産者の行為に該当しないことは明白である。その他甲野が破産申立後に石川県と通謀し、またはこれに加功して、控訴人に本件退職手当金を払込ませた事実を認めさせる証拠は全くない。

3  すると、石川県の控訴人に対する本件退職手当金の支払は、破産法七二条二号の否認の対象とはならない。

四  よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決を取消し、同請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 井垣敏生 紙浦健二)

〈以下省略〉

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